マイスターの国でバイオリン工房訪問

実技、法律、後継者育成…一人前のマイスターの道

 ペーター・エルベンさんのバイオリン工房はミュンヘン市の中心部、アルトバウ(戦前に建てられた住宅の中にある。

 エルベンさんは14歳でオーストリア国境近くの国立バイオリン制作専門学校に入学。学期ごとに入学する同級生はわずか6人しかいない。

 「ドイツには約400人のバイオリンづくりのマイスターがいますが、そのうち毎年六人亡くなるとして、入学者がこのぐらいでちょうどよい」と微笑むエルベンさんはすでにバイオリンづくりの道を歩み始めて36年近くになる。

 祖父の代から教えてエルベンさんはバイオリンマイスター3代目。現在、22歳の息子もいずれ工房を継ぐそうだ。

 バイオリンマイスターになるには3年半のレーアリング(見習い)期間、最初の試験を受けてゲゼレ(職人)と呼ばれ、3年から5年はさらに腕を磨き、そしてマイスター(親方)試験に挑む。見習いからマイスターまで、ざっと8年から10年は必要だ。エルベンさんの場合、途中、ロンドンで一年間、修行した。

 バイオリンづくりにはたんに手作業の学科だけでなく、音楽や物理学などの勉強も必要で、マイスター・クラスになると工房を持つための予備知識として、経営学や簿記、民法や見習いを雇うための青少年労働法など、法律も学ばなければならない。

 マイスター試験では実技も問われ、木の材料から学期をつくり始めて完成させ、先輩マイスターたちが集まる試験委員会の前で二日間、修理の課題を与えられる。さらに、試験委員の提示する学期がどこの国のものか、誰のいつごろの作品か、状態はどうであるかなどをずばりあてることができるかどうか試されたあと、後継者育成のために見習いを受け入れたとき、仕事の内容をどう説明するかということも試験される。

 バイオリン・マイスターの職務内容は古楽器の売買、修理専門、時代の考証などいろいろだが、エルベンさんの場合、主に新しい弦楽器を作るマイスターとしてだいたい一年に12体の楽器を完成させる。たとえば、ある年はバイオリン6体、ヴィオラ3体、チェロ1体を制作した。

 エルベンさんの工房には現在、二人の見習い職人がいる。入口を入ると大きな廊下の左右に部屋が並ぶ。手前の部屋はガラスケースに楽器がずらりと並ぶお店、奥が工房、楽器の音を試す応接間兼塗装室、木材室や事務室など。材料はすべて自分の手で伐採するという。

 「一生に二、三回、木を切れば十分」とエルベンさん。めざすは楽器の表面となるフィヒテ(とうひ)と裏面用のアホルン(かえで)の木で、樹齢が2百年以上のものが理想だ。1995年、エルベンさんにとっておそらく最後の伐採のときに切ったのは、樹齢220年、高さ40メートルもの木だった。通常、木は海抜1800メートルのところにあるため、伐採は北イタリアのアルプス山系の森で行われる。一本の木から約300体のバイオリンができるそうだ。

 「弦楽器でいちばんの要(かなめ)となるのは裏の面をいかに薄く削るかということ」といい、エルベンさんが実演してくれた。チェロの場合も裏面が4ミリほどときわめて薄く、真ん中のもり上がった部分でも6ミリ。トントンたたいて音を聞きながら削るのだが、削りすぎれば後戻りはできず、また最初から木の塊を削り始めなければならないので、神経をもっとも集中させる部分である。

(カルチャー・ショック 「ドイツ人」から抜粋)

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